スピリチュアル系びっちの哲学

結局、世界を愛で救いたいと願ってしまう、そんな20代後半女子の夢・キャリア・恋愛人生のココロのうちをどストレートに発信します。

ダウンサイドリスク

人は誰でも突然思いもしない恐怖に突き落とされる。
私もそうだった。
一回目は、潰瘍性大腸炎かもしれないと言われたとき。24か25歳の誕生日だった。どうして今自分は誕生日に病院に寝転がって検査を受けなければいけないのだろう。悪いことしたのだろうか。
怖かった。これから自分の一生がどうなるか見えなくて、もう一生を失った気がして怖かった。
二回目は、お母さんが癌だと留学先で知らされたとき。これにまつわる悲しみ苦しみについては、今も悲しすぎて思い出すと涙が止まらないし、まだ誰にも語れなくて、言葉にうまくここでできない。
お母さんのいない未来なんて考えられない、って病院で言ったのだけれど、今この言葉を書くだけで、辛いし、涙が止まらない。
そして、今日。いとこが骨肉腫で、検査結果が悪性だった。骨を削らないといけない。どこまで削らないといけないかわからない。
他に転移してたら…?まだ21歳なのに。
それを聞いたときどんな気持ちでいたのだろう。どれほど怖かっただろう。どれほどの恐怖と悲しみの底に突き落とされたんやろう。
想像しただけでも辛いのに、本人となったときの苦しみは誰にもわからない。それは自分の経験からも言える。
周りもまた悲しみ傷つく。
 
ダウンサイドリスクなんて本当に誰にでもあてはまることだと知ってほしい。
明日、自分でトイレできなくなったら?
明日、自分で歩けなくなったら?
明日、当たり前に近くにいた人がいない日常と未来が訪れたら?
昨日までの幸せとは考えられないくらい、一通の知らせで変わってしまう。
どれほど自分が恵まれていたのか思い知らされる。
病気は特に誰のことも攻めることができない。だからすでにボロボロの自分を質問ぜめにして責めてしまう。
あんな生活を送っていたじゃないのか?あんな食べ物を食べていたからなのか?もっと気を遣っていれば、、、
 
たぶん、世の中の人みんな表に出さないだけでいろんな恐怖を抱えているんだと思う。 
レストランで隣で食べてる人。今すれ違った人。
なんでみんなそんなに笑顔で幸せそうなの?どうして私だけなの?って昔は思ってた。
でも、みんな苦しみや心の闇はそれぞれあるのだと知った。
社会人になり、社会のなかでいろんな人と出会い、ふと漏れた言葉、表情から。
もちろん苦しみから救ってほしいと思う。思うんだけど、言葉にならない、できない、しょせん他人の痛みなんてわかってもらえないだろうという諦め。
人はそんなに強くない。
恐怖に怯えながら、でも毎日怯えて生きたくない。
どうすればいいのだろう。自分の無力さが悔しい。
アフリカの人々に愛を伝えたいと思っていても、こんなに近くの人を救えないなんて、自分の言っていることなんてちゃんちゃらおかしいけど、それでもそれはそれで自分の夢と使命であるし…。
 
伊藤忠の、がんとわかった社員への給与、仕事、家庭面のフォロー制度ができたことをふと思い出した。
ダウンサイドリスクが起きたときに、少しでも負担を減らしてあげるセーフティネットは本当に重要だと思う。誰も救ってくれないから。国だって、たった一人の国民のために動くわけでもないし、体は誰かが代わってくれるわけでもないし、病院だって技術やお金の問題で完全に治せるかわからない。
本当の本当に神様がいてくれたらいいのに。